ミャンマー国鉄元 名古屋鉄道(名鉄)キハ30形

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名鉄キハ30形は、同鉄道三河線・八百津線用の車両(キハ10形の置き換え用)として1995年に製造された車両である。キハ31〜34の4両が製造された。製造会社は富士重工。富士重工標準のLE-DCベースの車両であるが、混雑対策で3扉車となっていることが大きな特徴(3扉車はLE-DCでは唯一の存在)。車両寸法は長さ16,500mm×幅2,700mm×高さ3,965mm。最高速度は95km/h。車体は鋼製。

キハ21・32が八百津線、キハ33・34が三河線に配置されていたが、2001年10月1日の八百津線廃止に伴いキハ31・32も三河線に転属した。2004年4月1日の三河線非電化区間(西中金〜猿投 間及び碧南〜吉良吉田 間)廃止に伴い全車両が廃車となった。

2004年に全車両がミャンマー国鉄へ譲渡された。現地到着後、ステップ設置、車軸の改造、冷房装置の撤去等が施された。ミャンマー国鉄での車両番号は、名鉄時代の車両番号順(キハ31〜34)にRBE2506〜RBE2509と付番されている(名鉄キハ20形の続番)。

2005年より営業運転を開始した。

Yangon工場(Yangon Repair Shop)にて留置されているRBE2506(元 キハ31)。
連結器や前面のパノラミックウィンゴウの一部が撤去された状態で佇んでいるRBE2506(元 キハ31)。
上写真の反対側先頭部。 こちら側の運転台側前面窓は完全に撤去されている。
車体の塗装は名鉄時代のまま存置されている(名鉄のロゴマークも残されている)。写真左下には「宇都宮 富士重工 平成7年」の製造銘板も確認できる。
一部の床下機器には、何故か前面の方向幕が覆い隠すように巻かれていた。
側面窓に残る優先席のステッカー。
剥がれかけのドアステッカー。運賃箱も車内に残されている。
ツタの繁殖力は凄まじい。ツタに飲み込まれてしまったRBE2506。
RBE2506の車内の様子。
大きな改造は見られない。長らく使用されていないようで、埃がかぶっている。
車内側から見た優先席ステッカー。
運転台周り。
(キハ)「31」の車両番号プレートと、富士重工の製造銘板(平成7年製)。
運転台。
■日本時代の記録
キハ31。

猿投にて
キハ30形とキハ20形の3両並び。

猿投にて
猿投駅にて名鉄100系と並ぶキハ34。
キハ34。

猿投にて
キハ34の側面車両番号表記(ステンレス切り抜き文字)。
車内の様子。座席のモケットの柄や化粧板の色は名鉄3500系に準じている。
三河線(山線)の非電化区間(西中金〜猿投 間)の有名撮影地であった矢作川橋梁を渡るキハ34。

三河広瀬〜枝下にて
枝下(しだれ)駅に入線する、西中金行きのキハ34。
枝下駅を発車するキハ34。
終点の西中金駅に到着したキハ34。
西中金駅の駅舎から見たキハ34。当駅は1985年より無人駅化。
西中金駅にて折返し待ちのキハ34。
キハ34外観。
キハ30形は3扉車であることや、冷房完備のため側窓が固定窓であること(車両中央部の1箇所を除く)が特徴。
西中金駅舎とキハ34。
線路終端部から見た車両。当駅から足助方面への延伸計画も過去にあったが、当駅を含む区間ごと2004年に廃止されてしまった。

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